「
まったく・・・バカに付ける薬はねえな」 と、その人は言うのであった。
これは1961年の日本映画 『用心棒』 の劇中台詞である。
「
俺はある程度、経験を積んでいるから、分かるのさ、お前らの低脳ぶりが。」 三船敏郎演じる用心棒はなんとDS脳トレをやっていたのである。
・・・・『用心棒』ってどんな映画?はい、『用心棒』というのはですね、かのセルジオ・レオーネが『荒野の用心棒』(1964)としてリメイクした事でも有名な黒沢明監督の作品。
僕などはマカロニ・ウエスタンの原型がこの映画にあるなんて事は最初から知ってはいたのだが、(イーストウッド版の用心棒で)いやはや前知識があると十分に楽しめないのが玉に瑕だ。安っぽい西部劇のイメージとごった煮になってしまう。別にマカロニを贔屓にしてる訳ではない。なんてったって世界のクロサワアキラの代表作なんだから、イタリア産のコピー西部劇と一緒くたにしてしまうのは失礼極まりない事だ。
本作はなんといっても
三船敏郎の一世一代の名演技が見所である。
首筋をポリポリ掻き毟る所作なんてこの人以外じゃ到底無理。僕はこの人の演技を観ているだけで興奮してしまう。反面、
ビートたけしのロクでもない無臭演技と比べてみても雲泥の差といえよう。(座頭市)
踊るナントカで見栄を張ってる
織田裕二や目先だけが鋭い
渡辺謙の顔芸を見るのとでは遥かに次元が違うのだ。
三船演じる用心棒=三十郎は悪い奴を装いつつ裏では弱者を助ける側につく。競り合いを中間的な立場で達観し、この世の真偽を見抜く術を知っている三十郎と、武力のみで牛耳ろうとする拳銃魔(演じているのは仲代達也)は2人共、同様の信念に従う用心棒であるが、最後まで力に依存した拳銃魔は三十郎に敗れ、息絶える。
この2人の対比を浮かび上がらせるラストシーンが秀逸!(続編『椿三十郎』でもまったく同じ事をやってる)
まあ、何だかんだ言って三船演じる用心棒の
痛快な渡世術の話です。悪い組織は自然壊滅。結局、どっちの味方にもつかなかった三十郎は知性と冷静さを武器にこの世のしがらみを紐解く
G(グレート)
T(ティーチャー)
O(オッサン)なのである。
僕だってDS脳トレぐらいやる。しかし三十郎みたいな頭の良い男にはなれない。これが現実なのだ。僕は知性も冷静さも判断力も無い。何も無い。だからこうやってDS脳トレをやる事で欲求を満たすしかないのだ・・・・・・・。
このままじゃ三船やイーストウッドどころか織田裕二にすらなれない・・・・。そんな現実など見たくもない・・・・・。
↓脳トレやってせいぜいこの程度。